蒼白たる龍王

浄化せよ。
浄化せよ。
浄化せよ。
真実は一つなのだ。


 浄化の『浄』という字は、水を示す「さんずい」と「争」からできている。清らかな水を求めて、水争いが起こったことは想像に難くない。
 では、『浄化』を「清らかな水にすべく争う」と取るとどうなるか。本来なら、「汚いものを綺麗にする」というのが『浄化』である。つまり、「汚いものを綺麗にするべく争う」こそが『浄化』の真意である。
 『浄化』は、それを行うものと同類たちのみに有益である。例えば、浄水場で『浄化』された水は、人間には大抵無害である。だが、川に棲む魚には有害なのだ。『民族浄化』という言葉もある。民族紛争で勝利した側が、敵対する民族の根絶を目的として行うものだ。男性は全て殺し、女性には自分の民族の血を注ぎ込むという、残虐なものである。
 そうまでしなければならないのはなぜか?「信仰」の力であり、イデオロギーの力であり、プロバガンダの賜物である。自分達の「完全な目的」を達成させる為には、邪魔者はできる限り排除した方がいい。後々の憂いとならぬように、将来の芽さえも完全に摘んでおかねばならない。自分達の目的の為に、邪魔者は全て排除する。それが『浄化』なのだ。
 だが、『浄化』は完全なものを目指すがゆえに、なかなかに達成できるものではない。『浄化』の恩恵は実行者たちだけである。それ以外には殺戮や略奪しかもたらさない。よって、『浄化』される側も必死で抵抗する…が、抵抗しても、抵抗しなくとも、どうせ『浄化』する側に選択肢は一つしかない。
 そして、『浄化』が達成された暁には、何があるのだろうか。それは誰にも分からない。そう、『浄化』を達成したものにさえも…。

* * *
 虫の声がたぎる晩夏。
 死臭漂う村の入り口に、荷馬車に乗った4人の男達がいた。
「これはひどい」
 最年少の若者−騎兵になりたてか−が、口を押さえながら呟いた。
「たしかにひでぇな」
 左腕に大きな傷跡が残っている傭兵。右手は長剣の柄を握ろうとしていた。
「これでは、誰も生きてはいなさそうですね」
 余りの惨状に目を背けてしまったのは商人とおぼしき男だった。
 そしうもうひとり。
 両腕がびっしり青い鱗で包まれた男は、辺りを一瞥しただけで言葉も発しない。
 小さな村は、その中心地からほぼ円形に、どす黒い血で塗り固められていた。
 点在する家も例外ではなかった。
「…と、とにかく、馬車を奥まで進めましょう」
「そ、そうだ。ここがどうなったのかを確かめたい」
「なぁ魔道師さんよ、コレがどういうことなのか、知ってるか?」
「良く知っている」
 魔道師、と名乗ったその男は、およそその呼称と似ても似つかぬ風貌だった。彼が羽織っている紫のコートが、魔道師であることの証明だという。
 商人が荷馬車を進めるうちに、家々の状況が見えてきた。
死体らしきものは見えないが、家の扉から流れでた血の量から考えると、恐らく全員虐殺されたのだろう。
 そして、扉にはなぐり書きの張り紙がいくつも貼ってあった。
 『浄化せよ』と。
 馬車の手綱を引く商人から、大粒の冷や汗が流れ出ていた。
 騎兵は長槍と盾を、傭兵は長剣と盾を握り締めていた。
 だが、紫の外套を着た魔道師は平然としていた。いや、むしろ当然かのような表情だった。
「広場の中心に向かえ。恐らく、そこで面白いものが見られるぞ」

 魔道師に言われるままに馬車が向かった広場には、異様な光景が広がっていた。
井戸を中心に、円形に地面が鮮血にそまっていた。半径10メートルはあろうか。その周囲には、13人の女性の死体が均等に並べられていた。死体にはそれぞれ、12と一つの星座の紋章が、焼き印で押されている。そして中心たる井戸の上には、竜の頭蓋骨を象った置物が、棒を介して高く掲げられていた。
「やはりそうか。かようなことをしても目的は得られぬというのに」
 状況を把握した魔道師の口調は、あくまでも冷静だった。学院でそう訓練されたのか、あるいは、魔術を習う過程で、そういう口調になってしまったのか。
「ひ…ひいぃっ」
 商人はもはや逃げ出しそうだった。魔道師の冷静かつ確信的な口調が、追い討ちをかけているかもしれない。
「こ…これはいったい」
「おいあんた、これはいったいどういうことなんだ?」
「見てのとおりだ。分からぬか」
「分からねぇからきいてんだ」
「聞いても良いのか?商人殿のようになっても知らぬぞ」
 魔道師の最後の確認だ。口調は冷たく、そしてなにかを楽しんでいるかのようだ。
「聞かなければ、対策が立てられません!」
「そういうこった。左右を固めるぞ」
 少しの沈黙の後、魔道師は冷静に、かつ重い口調で説明を始めた。自らの戦支度も忘れずに。
「よかろう。『龍王教団』を知っているか?龍を復活させる為なら何でもやる異端の連中だ。奴等は龍の存在を認めない奴等を全て敵としている。龍の為に血を捧げ、自らの命を捧げる狂信者どもだな」
「じゃ、家家の『浄化』ってのは…」
 傭兵が言いかけた時、草むらからガサッと物音がした。素早く傭兵がその方向に向き直り、武器を構えた。
 だが、次の物音は彼の背後にあった。
 荷馬車の上に立って、両腕を水平に構えるその姿は、『異形』と呼ぶにふさわしいものだった。
 頭にそびえるは龍の角。
 両手にそろうは龍の爪。
 背中にはばたくは龍の翼。
 腰に波打つは龍の尾。
 一本足で立ち、少しずつ回転している姿は、龍が獲物を探すかのよう。
「なんだコイツは!?」
 背中の異変に感づいた傭兵は、振り向いて驚嘆の声を挙げていた。
「あ…あわわわ…」
 荷馬車の御者の部分に座っていた商人は、もはや腰が抜けて一歩も動けない。
 騎兵には、驚きと目新しさと戦慄が一緒に見えたようだ。
「これが『龍の使徒』…」
 正面にいた魔道師は、中槍と盾で武装を完了していた。目前の敵に、あたかも余裕の表情で向き直っている。
 そして、馬車の周囲からも、10人(と思えるほどの)物音が聞こえていた。
「ようやく現れたか。
 貴様らのような族に龍を呼ばれてのでは、我々のやることがなくなってしまう」
 魔道師の冷たい言葉に、傭兵と騎兵は青ざめた。
 青龍座の魔道師。
 世界の辺境にあって、この世の狂気たる存在『龍』を研究する為に、自らも龍の狂気を身に纏ったという存在。

 『龍』に魅せられたもの同士の、狂気に満ちた争いが始まる。

* * *

 「今宵は楽しめそうだ。
  追って我が一門もやってこよう。
  『龍を呼ぶ』ということがどういうことか、とくと教えて進ぜよう」

浄化せよ。
浄化せよ。
浄化せよ。
真実は一つなのだ。



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夢の終わり