赤の古鏡

最初は心地良けれど、
深入りは剣呑、剣呑。


シナリオ『槍神様の祭』より

 激しい豪雨の夜。
 人の子の住まう根元に、青銀の雷が閃いた。
 翌朝。
 村外れの荒れ地…いや、「荒れ地になった畑」に、銀の槍が雄々しく刺さっていた。
 雲一つない晴天の中、青銀は陽光に閃いたまま。
 豊かな草原の、槍が立っている周囲のみ、大地の膚が表れていた。
 周囲はすぐに人の輪になった。
 子供達は無邪気に近付こうとして親に止められる。
 若者は槍の輝きと威容に驚嘆する。
 そして、村一番の老婆は…
 「槍神様じゃ」
 槍神。
 聞いた事もない神の名前に、村人が不思議がる。
 「槍神様が、この村をお護りになられたのじゃ」
 老婆は槍の前に一歩進み出て、有り難そうに何度も頭を垂れている。
 「槍神様と言うのはじゃな、落ちた場所の回りには魔物が寄り付かないと言われておる。何度も魔物に襲われたこの村も、これで安泰じゃ」
 槍の刺さっている地面からは、ひんやりとして冷たい空気が周囲を覆い始めていた。
 老婆の言葉に村人達は安心した。
 急ぎ祭壇を作る用意が進められた。
 夏の農村は、突如降ってきたお守りに湧こうとしている。
 村が収穫期並みの景気を呈する中、一人の異様な男が槍の前に現れた。
 その姿は魔物の一歩手前とも言っても過言ではない。
 子供達が怯え大人もゾッとする姿…魔道師。
 両腕に青く光る龍の鱗をビッシリと携え、槍と盾を備えた、戦支度にも見えるその男。
 彼こそは『青龍座の魔道師』。
 狂気、破壊、殺戮の権化である『龍』の力を研究する為、自らも冷たい狂気に心を染めた、いわば『龍の使徒』であった。
 村人を気にも止めず、槍向かって一直線に歩いてきたその姿に、槍を拝み続ける老婆の表情も一瞬で凍り付いた。
 「学院から来た」
 老婆から声が出ない。
 「魔道師学院から来た者だ」
 老婆の表情に安堵が戻る。
 「…ま、魔道師様でごぜえますか、村の者が怯えておりまするで、まづは背中の物を…」
 魔道師は背中の中槍がきらめいているのを目線で感じたが、手を掛けようとはしない。
 「この槍を中心に陣を描く。危険だから離れろ」
 「魔道師様、何をなさります?」
 「案ずるな、ただの魔除けだ」
 「魔除けでございますか。それならばこの村はより安泰になりましょう。よろしうお願い頼みます」
 老婆は安心した顔で槍から離れた。
 村人にも魔道師の目的が告げられ、彼らも安堵の表情で方々に戻っていく。
 村人が離れた事を確認した後、魔道師はひとり青龍座の魔方陣を描き始めた。
 (魔除けだ…この槍に秘められし力を除けてやる)

* * *

 夜。
 村人が魔道師を誘って槍神様降臨の宴を催した後。
 皆が寝静まった時を見計らって、魔道師はランタンを携え、魔方陣の確認の為に外に出た。
 槍と盾と鎧で武装して。
 それは彼にとっては極当たり前の事だ。
   魔方陣を描いた畑に到着する。
 (?)
 自分が描いた魔方陣の外周に、別の陣が書き足されていた。
 (これは…封印陣の変形)
 魔道に手を染めた者ならば、どのような星座のどのような魔方陣か、おおよその者なら判別が付く。
 このような陣を描ける者はあの連中しかいない。
 陣の中心たる槍に対して正反対に、かの者はいた。
 「破魔か」
 「いかにも」
 破魔…大地・太陽・炎を司る戦車座に属する魔道師の通り名である。
 燃える破魔矢を用い、魔族との戦闘に絶大な効果を発揮する、『破魔の射手』である。
 「青龍殿、この槍をいかようにするおつもりか」
 「『スイネの瞳』に導かれたならば、改めて聞かれるまでもなかろう?」
 「方法はお任せするが、村人にかかっては我らが困る」
 上半身裸の射手が、背中の矢筒から赤い矢を取り出し、自らの封印陣の縁に刺す。
 ぼっ。
 赤い矢から炎が走り、一瞬に陣全体を赤く染め上げる。
 矢は黒い骸と化したが、まだ刺さっている。
 「破魔の使者よ、何も知らぬという事は幸せな事だ。魔除けと信じておれば真相を知ることもない」
 「青龍殿、既に知っている者が集まりつつある。明朝にでも済ませてしまわなければ」
 「勿論だ」
 青龍の言葉を聞いた戦車座の魔道師が、脇腹を押さえつつ闇に消えていく。
 それ程の強力な封印陣であるのか?
 「シュトロアの槍か…明日消し去ってやる」

* * *

 翌朝。
 青龍座の魔道師“鋭き爪のヴィラック”による『魔除けの儀式』が始まる。
 畑に刺さった青銀の大槍。
 その槍を中心に描かれた、半径10mに及ぶ大きな青龍座の魔方陣。
 さらにその陣を囲む、赤く輝く戦車座の封印陣。
 その封印陣の縁に刺さったままの破魔矢の前に、ヴィラックは少量のお供え物と共に立った。
 槍から50m以上離れたところで、村人たちが儀式を見守っている。
 準備が整ったところで、ヴィラックが両腕を大きく広げ、かつ龍の爪のように手を前方に曲げ始める。
 ヴィラックの冷たい声が響く。
 「さぁ魔除けを始めよう…『槍の侯爵シュトロア』より放たれし銀の槍…これこそ!龍を呼び!狂気の戦場を作り出す!この槍、今深淵の奥深くに沈めん!」
 槍から放たれている冷気が、少しずつ渦を巻き始める。
 ヴィラックの言葉が、腕が、足が、少しずつ魔力を練り始めていく。
 陣の中心たる槍の上には、黒い波間のような球体が、少しずつ大きくなっている。
 おおおぉぉぉぉ…
 陣の足下から、龍のものとも獣のものとも付かぬ低い雄たけびが走る。
 冷たい渦が、龍の頭なり爪なりを形作り始める。
 村人と共に、儀式を遠巻きに見ていた戦車座の魔道師が、目を大きく見開いていた。
 (これは『龍の召喚』!?まさか、シュトロアの為に龍を呼ぼうというのか?)
 破魔の射手たる戦車座の魔道師の腕は、自然にヴィラックに向けて破魔矢を用意しようとしていた。
 「さぁ…これで終わりだ」
 ヴィラックの儀式は終わりに近付いていた。
 村人も、恐れおののきながらその光景を目に焼き付ける。

 突如、外輪上なっている村人や見物客の中から、1人の若者が飛び出した。
 両手には大きな鎌槍を振りかぶって、ヴィラックに突進する。
 「その槍、我らがもらい受けるッ!」
 若者の鎌槍がヴィラック向けて襲いかかろうとした瞬間。
 破魔の射手が放った破魔矢が若者の背中を紅蓮の炎に染め上げる。
 それでも若者は止まらない。
 しかしヴィラックはいつもの冷静…いや、冷たさのままだった。
 「甘いな」
 後ろを振り向くと同時に、ヴィラックの口から青白い龍の炎が飛び出した。
 前からは龍の青い炎。
 後ろからは破魔の赤い炎。
 若者は両方の炎に、灰も残らぬ程に燃やし尽くされた。
 と同時に、魔方陣の中で練り上げていた、大きな球体の魔力が、ぱーんとはじけ飛ぶ。
 制御をなくした召喚の魔力が、そのまま混沌の深淵となって地表にこぼれる。
 しかし、その深淵は、青龍の魔方陣から外に流れ出ることはない。
 戦車座の封印陣が、赤く輝きながら深淵の流出を防いでいた。
 ぱきっぱきぱきぱきっ。
 儀式を中断したヴィラックに、新たな魔力の刻印が生じる。
 頬から首の根元にまで、びっしりと龍の鱗が現れた。
 村人の阿鼻叫喚の中、原始の深淵は、戦車座の魔方陣の中より漏れだすことなく、やがて渦を巻いて地中に消えていった。
 そこに、槍も、青龍の魔方陣もなかった。
 ヴィラックは満足げに、疲れはてた体を横たえている。
* * *

 魔道師学院、青龍の塔。
 青龍座の長の机の前に、ヴィラックと破魔の射手が報告に立っていた。
 「『槍の侯爵シュトロア』から放たれた『大槍ギーヌ』を深淵に静めることに成功しました」
 「うむ」
 「その儀式、この“炎陣のハノロー”が見届けてございます」
 「ハノロー殿、かなり豪快な方法であったそうだが」
 「ヴィラック殿は『龍の召喚』の儀式を応用することで、槍を沈める程の力を持つ深淵を召喚しました。封印陣なくば、村に多大な被害が出たことでしょう」
 「『幻視』の通りだな。御苦労」
 「しかし、シュトロアは銀の槍を落として、何をしようとしていたのでしょうか?」
 ハノローへの答えは簡単だった。
 「勿論、龍を呼び出して殺すこと」
 「まったくだ。はっはっは…」

最初は心地良けれど、
深入りは剣呑、剣呑。



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夢の終わり