白の古鏡

我は鏡。
汝の過去を愛してあげよう。


北方の村の奥。
冷たい冬でも、緑色の蔦が絡む洋館の地下。
暗がりの、ほとんど照らし出されるものもない倉庫。
そこに、若い男性を中心に、2人の『女』が存在している。
男性の前方には、白銀のドレスを着た女性がいた。
男性の後方には、全裸の少女が、壁からせり出すような形で固定されたいた。
中央の男性は、薔薇の花と細剣で臨んでいた。
「ご婦人、当館へようこそ」
先に口を開いたのは、男性の方だった。
「先程ご覧になられたように、ここは美を求める少女達が暮らす村。
 少々お年を召されているようですが、あなたも美しくなりたいのですか?」
正面の女性の答えはこうだった。
「そうね…あなたが美しいと思う姿になるのなら、それも悪くはないわ。
 でも、今あなたの前に立っている女は、私ではありませんことよ」
男には、今いった意味が良く分からなかった。
「おやおや、ご自分でご自分を否定なさるのですか?それでは、あなたが生きている意味というものを失ってしまう」
「意味も目的も、あなたの背後にありましてよ」
男の背後には、木の根っこで覆いつくされた壁の中から、一糸まとわぬ少女の姿が、壁からせり出すように固定されていた。
肌は瑞々しく、透き通るように白い。
男は後ろに目をやると、再び正面の女を向いた。
「ほほう…」
館の主人と訪問者の距離が、ゆっくりと縮まっていく。
互いの『気』を感じられる距離にまでなった。
男の『気』は暖かい。
前と後、それぞれの女の『気』は冷たかった。
男の手が、女の首筋に届く。
指が、顎、唇、そして頬を這う。
女は微動だにしなかった。
「御主人、私がお気になって?」
男の手は、次に女の髪を柔らかく動かしていた。
「私は美しいものを好むのでね。
 もちろん、これは人間全てに言えることなのだよ」
女は、形式的に感謝の後、言葉を切り出してきた。
「素晴らしい考えですこと。
 そうやって、多くの若い娘を食い物にしてきたのね」
だが、男にはおじけづいた様子もない。
「御婦人、食い物とはお聞きが悪いですな。
 何か証拠があってのことですか?」
「もちろん。
 そうでなければ、ここには来ませんことよ」
女は一歩下がり、首にある大きめのペンダントを取り出す。
蓋の中には、部屋の奥にいる裸体の少女そっくりの画が、精巧に描かれていた。
「こちら、御存じないとは言わせなくて?」
差し出された画を見た主人は、何食わぬ顔をしている。
「…これは何かの偶然かな?
 私の後ろにいる、テシーリアそっくりだ。
 御婦人、これをどこで?」
「知っているはずでしょう?
 『私も』、いいえ、『私が』テシーリアだということを」
「それはどういうことですかな?」
「あなたの背後にいるその少女。
 それが、もともとの『私』なのですから」
くっくっくっ… 「御婦人、どこか頭をお打ちになられましたか?それとも、美しさへの…」
「どこもおかしくありませんことよ。
 なぜなら、私は『生きたまま』、精神と肉体を分けられた女だから。
 そう、さっき私に触れた、その右手」
館の主人の右手。
5本の指の薬指、その爪が、自ら光っているかの如く、虹色に輝いていた。
「今でもくっきりと覚えているわ。
 以前、『私』の頬に触れた、その忌ま忌ましい虹色」
二人の距離は、互いの目を中心に、再び近付いてきた。
「忌ま忌ましい?
 違うな。
 この右手が、私を、自らの『夢』へと導いてくれるのです。
 この手の持つ虹色の力こそが、美しいものを美しいままに保ち、美への変わらぬ愛を約束してくれる」
「あなた、その虹色が示すものが何か分かっていらして?  『原始』『母性』『混沌』『制御できぬもの』を表す、原蛇座の刻印ですことよ。
『美』とは、全く関係ないわ」
若き主のほほ笑みに、冷笑がこぼれ始めた。
「分かっているさ。
 この右手を使って、『美』を醜くするものを取り除いただけさ。
 そう、今のあなたみたいに」
「心がない『美』を愛して、何が得られるというのかしら?  結局、あなたは悪趣味なだけね。
 いくら村の生娘と情を交わしても、一番大切なものが抜殻とは!」
普通なら聞いて逆上する言葉だろう。
男は余裕の素振りだった。
「それ程言うのでしたら、証拠をお見せしましょう」
男は裸身の少女に歩み寄る。
そして、その顔に、その肩に、その胸に、その腰に、ゆっくりを手を動かす。
「…あ…ん…」
裸身の少女の口から、微かな感触が漏れた。
「これでお分かり頂けたかな?」
分かっていないのは館の主人の方だった。
「…あ…ん…あ…ん…ぁ…ん…」
少女の微かな声(と思われるもの)が、少女の足や、部屋の壁などから、次々に聞こえ始めたのである。
白いドレスの女が発動させた、古鏡座の魔法だった。
魔法の反動で、使用者は片膝をついてせき込む、程度だった。
「これでお分かりになって?」
「な…」
古鏡座の魔道師であったドレスの女は、ゆっくりと立ち上がり、うろたえる男をやすやすと過ぎ、本来の肉体の前に立った。
「過去を愛したいのは誰でも同じなのよ。
 私の体をお返し頂きますわね」
魔道師は、少女を捕縛している、幾多もの木の根を外す作業に取り掛かろうとしていた。
「そうはいかない」
魔道師の額は、後方から、一瞬のうちに細剣で貫かれた。
「うっ…」
「御婦人の言うとおり、それは抜殻かもしれぬ。
 だが、私にとっては、永遠の愛の対象となるはずだったのだ。
 そして、殻を抜けた魂、それは邪魔者以外の何者でもない!」
びいぃぃん。
魔道師の頭部を貫いた細剣は、同時に強烈に空気を震わせる。
主人と魔道師の足下から、虹色と銀色の魔力が、渦を巻いて沸き上がってくる。
2つの魔力は互いに干渉し合う。
小さくパチパチと音をたたき合いながら、二人の着衣を引き裂いていく。
魔力の渦はさらに大きくなっていき、部屋全体を包みこむ。
部屋にいた2人と抜殻は、いずれも一糸纏わぬ姿となっていた。
根の呪縛を解かれた、白い少女の裸体。
魔力の渦がクッションになったのか、ゆっくりと地に落ちていく。
魔道師が、頭を貫かれたまま、両手で確かに抱えとめた。
白く、力なき少女。
でも、それは、幼い頃の、ほんとうの自分。
本来を抱えたまま、魔道師を後ろを向いた。
男の細剣の先が、今度は心臓を目指していた。

ありがとう。
そして…ただいま。

我は鏡。
汝の過去を愛してあげよう。



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夢の終わり