赤の海王

嵐に荒れた海も時が過ぎれば、
全てを飲み込み、静かとなる。


 夏。
 うだるような暑さの中、はてしない湿原の中に、2人の男がいた。
 二人とも、湿原の中で動きやすいように、軽い革の鎧と長剣で武装していた。そして、反対の手には、盾の代わりに大きな麻袋を背負っていた。
「さて…と、ここらが良さそうだな」
 片目の男が朝の袋を降ろし、周囲を物色し始めた。生い茂った夏草の根元はもちろんのこと、そこに隠れていた白骨の下、さらには、辺りのぬかるみにまで手を伸ばす。「兄貴、こんな湿原の何処にお宝があるんですかい?」
 もうひとり、若い男が、半ばあきれ顔で尋ねた。
「そう考えるのがシロウトってもんだな。確かにシロウトなら、こんなグチャグチャしたところに足を入れたくはないだろう」
「そりゃそうです」
 ごく当たり前の問いに、ごく当たり前のような答えを返す。だが、動きは止まらない。
「だがな、ここは冬になると、途端にやかましくなる」
「ここは冬になると一面氷が貼るんじゃないですか?そんなところでやかましくなる連中がいるってんですか?」
 若者も、渋々物色に手を貸し始める。
「あぁ。それも、とびっきり大量のな」

* * *

   バッスル候国とラルハース公爵領との国境地帯に、その湿原はあった。
 バルビアとレキシア、双方の湖がもたらす潤沢な水資源を巡り、両国は毎年冬になると、血で血を洗う争いが起こるのである。
 ラルハース家党首ガイウス・ラルハースは、水魔を信仰し、国内にもそれを強制した。異教徒たちはことごとく撃滅され、彼らの住家は全て泥沼に変えられてしまった。
だが、水魔に弱点はある。北から冬の女神が降りてくると、彼らはほとんど行動できなくなってしまうのだ。主兵力の「水の騎士」でさえ、戦力が減ってしまう。
 冬、湿原が凍り、ラルハースの軍勢が弱まる頃に、バッスルの軍勢が進軍する。そして、毎年のようにこの湿原が戦場になるのだ。

* * *

「ここは冬になるといっつも戦場になる。そして、多くのホトケが上がる。すっと、大抵騎士殿ってのはリッパに装飾品をもってるだろ」
「それを頂くって訳ですかい。でも、何でこんな夏なんかに?」
「ラルハースの軍勢が、今ダリンゴースとドンパチやってっからなぁ」
「敵さんがいない今のうちってわけですかい」
 ダリンゴースは、ラルハースと河を挟んだ位置にある。多くの存在を許容した結果、統制が取れてはいないものの、強力な軍勢を整えている。

 二人が湿原をあさること数時間。彼らの麻袋は装飾品でいっぱいになった。
 太陽が頭上に差し掛かる頃、二人は湿原を後に、馬の背に飛び乗った。
「兄貴、大漁っスね」
「そうだな。毎年、もっと多くの金目の物が落ちてるといいんだがなぁ」
「ひでぇなぁ兄貴。それだと、もっと死んでくれってことになるじゃないですか?」
 若い男が、しまった!という表情をしていた。片目の男は声を荒げた。
「…あぁ。ラルハースの連中なんかもっともっと死んじまえばいいんだ。俺の伯父貴、弟、犬…みんなアイツらにやられちまったからな!」
 その声は湿原中に響くかのようだった。後ろで、水鳥が驚いて飛んでいくのが見える。
「…す、すみません、兄貴。辛いことを思い出させちゃったようで…」
「なに、いいさ。それより、ラルハースの装飾品はみんな青くて気味が悪りぃ。全部売っ払って、今夜はみんなで酒盛りでもやるか!」
「そうスね。ラルハース万々歳ってことッス!」

嵐に荒れた海も時が過ぎれば、
全てを飲み込み、静かとなる。



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夢の終わり