白の青龍

深淵よりさらに外。
そこは、夢の戦場なり。


 深淵のキャラクターたちは、何も肉体的に戦っているだけではありません。
 精神が肉体を離れて、深淵の波間に漂う時。
 それが、『夢』と呼ばれる現象です。
 夢は、予知、過去、現在、未来を繰り返し指し示してくれます。
 キャラクターが、自分の夢に干渉することで、より強烈なイメージを作り上げられるのです。
 5感の束縛から放たれた精神は、目覚めている以上に幻想を与えてくれます。
 人の子の脳には、昼間使われていない部分があると言われていて、俗にナイトヘッドと呼ばれることがあります(飯田讓治のドラマにもありました)。
 夢を見ている時には、その使われていない脳が働いている時、とも考えられるのです。
 夢の中では、意識も自由に放たれることになります。
 しかし、肉体という土台のない意識は、時に予想だにもしない境遇を見ることもあります。
 自分の内面に隠されていた、ネガティブな幻想も、夢に現れてしまいます。
 脳に刷り込まれ、できる限り表にしようとしなかった蠢き。
 夢の中は、自分、他人、そして夢魔が互いに糸を引き合っている瞬間。
 押さえていたものが一時でもなくなったその時、彼らは急激に支配するものを揺り動かそうと…。

* * *

 グァァァ。
 紫紺の毛に包まれた、4つ首の猛禽が、殿軍の傭兵を追って雄叫びを上げる。
 いや。
 1つは紛れもなく豹の首。
 他の3つには、首と呼べるものはあらぬ。
 人の頭のような大きさの、粘土質に見える球が付いていた。
 4つの首は、まるでそれぞれが品定めをしているかのように、長い首を上下に動かしている。
 「なんだ、こいつは…」
 後退りしながら、傭兵は長剣と円形盾で応戦姿勢に入る。
 人間も、動物も、数えるもなく土に返してきた傭兵だったが、こんな『けだもの』は見たことがなかった。
 強いてあげれば、北の大地で遭遇した、あの黒蟻野郎ぐらいか。
 だが、こんな南方の廃墟に、そんな奴がいるはずはない。
 じゃあ、こいつは何だ?
 そんなことは関係ない。
 こっちに向かってくるのなら、応戦するだけだ。
 「来るなら来てみやがれ!化け物!」
 その声(あるいは−傭兵自身に活を入れる為の言霊)に呼応したか、紫紺の四つ首はしなやかな躯体を踊らせてきた。
 「速い!」
 4つの一番左にある、鋭い目付きの豹の頭が、傭兵の首にめがけて首を伸ばす。
 円形盾の方が一瞬速かった。
 ゴン。
 鈍いが力強い金属音。
 直後に、別の首が右足を引っ掛ける。
 「な…」
 傭兵はそのまま瓦礫と平行になった。
 起き上がって体制を立て直すよりも速く、盾を持っている左腕が、豹の首のよって弾き飛ばされる。
 その上には、何の造形もない、別の首の球体があった。
 「や…やめ…」
 首の先の球体は、傭兵の顔全体に正面から接吻し始め、やがて顔全体を包み込んだ。
 傭兵の抵抗が止まった。

 * * *

 傭兵の意識は、かつて自分が所属していた駐屯地の上空にあった。
 「あれは…」
 視点が、ゆっくりと昼時のキャンプの中に進んでいく。
 キャンプの中には、駐屯地の隊長の姿があった。
 大きな体と、数えきれないほどの鎧傷。
 豪放磊落を体現する、まさに信頼できる隊長であった。
 「隊長…死んだ筈では?」  しかし、彼の前には、背中越しに昼食を頬張る、紛れもない隊長の姿がいた。
 「もしや…生きていたのか?」
 微かな期待を胸に、傭兵は隊長の前に来た。
 「隊長…隊長ですね?」
 呼びかけに答えた隊長が背中を向く。
 左手に持っていたのは、皿の上に満たされた真紅のスープ。
 その具は、傭兵の生首に他ならなかった。
 隊長は、右手のフォークで生首を刺し、口に運ぼうとしていたのだ。
 「よお…生きてるんだってな。何で俺が死んで、お前が生き残ってるんだ?逃げたか?それとも内通か?どっちにしろ、お前が憎くてしょうがねぇ。下っ端なんだから下っ端らしく死ねばよかったものを…」
 「隊長!隊長!どうなさったんですか?」
 隊長の変貌ぶりが理解できず、傭兵はただ「隊長」を繰り返すばかりだった。
 その声は届かない。
 隊長の右手のフォークが、皿の上の生首を外す。
 その鮮血が付いたまま、満身の力を込めたフォークが、傭兵の眉間を過たず貫く…。

* * *

 こぱっ。
 不意の転倒により意識が飛んでいた傭兵。
 その頭を包んでいた、化け物の首と球体が、シュルシュルと離れていく。
 何が起こったのか分からないが、それでも起き上がって武器を構え直す、傭兵の本能があった。
 四つ首の化け物の、さっき傭兵の頭にひっついていた球体が、モゴモゴと動きだしている。
 やがて、人間の顔が形作られた。
 その頭は、夢の中で傭兵をフォークで刺した、あの隊長を模した恨みの顔になっていた。
 うぁぁぁ…
 グァァァ…
 豹と人間、2つの顔が同時に、張り裂けん程の雄叫びを上げる。
 傭兵には、もう隊長への敬意はなかった。
 あるのは、夢への憎しみと、その夢を植え付けた、正面の化け物への激しい怒り。
 辺りには、止める者すらもいなかった。
 「こんの、化け物があぁぁぁ!!」

深淵よりさらに外。
そこは、夢の戦場なり。



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夢の終わり