紫の野槌

試すことを恐れてはいけない。
未知の世界にのみ、存在するものもある。


 僕は、何をやりたかったんだろう。

   普通の街に生まれ、普通の友達と遊び、普通の成長をした。
 そして、普通の大人になる事ができた。
 普通に生活して、普通に恋をして、普通に結婚して、
 普通に家族を増やし、普通の老後と普通の別れになっていただろう。
 ありきたりのない世界。
 特にワクワクすることもなく、特に不幸なこともない。
 でも、その日一日を生きていけるだけの安息があった。

 ある晩、僕は、自分を汚してしまった。
 仕方なかった。
 近辺を荒らし回っているという夜盗が、僕の家にやってきた。
 蛮刀と革鎧で武装していた。
 左手には、物がいっぱい詰まっていそうな麻袋を持っていた。
 水を飲みに起きだした僕の目に、蛮刀の鈍い光が突き付けられた。
 「いいかクソガキ、金を使えば使うほど、人間は汚れていくんだぜ!」
 凶器に取れない言葉。
 僕は、それを理解するのに時間が必要だった。
 ふしぎと怖くはなかった。でも、動けなかった。
 夜盗は、僕の家を少しずつ荒らしていった。
 でも、めぼしい物が見つからないと見えて、家を出ようとしていた。

 家の外で、「夜盗だ〜!」という掛け声がした。
 その声を聞くなり、夜盗は僕の腕を鷲掴みにして、家の外に引っ張りだそうとした。
  僕はサッと体を落とし、腕を抜く事ができた。
 目の前には、長い柄の付いた鉄鍋があった。
 僕は、夜盗の後頭部に、その鉄鍋を思いっきりたたき付けた。
 ボゴン。
 鈍い音がした。
 うっ。
 後から、鈍い声もした。
 夜盗は倒れ込んだ。
 僕は無我夢中で、夜盗の頭を鉄鍋で殴り続けた。
 鍋の音と、夜盗の呻き声。
 鍋の底がへこんできた頃には、もう一つの声はしなくなっていた。
 人間って、こんなに簡単に死ぬんだ。
 怖くはなかった。でも、ちょっとだけワクワクした。

 翌朝、僕は犯罪者になった。
 役人は咎めてくれなかった。
 街に出ると、僕は英雄になっていた。
 みんな、『夜盗を撃退した勇敢な少年』を称賛した。
 でも、僕は人を殺した。
 そんな事はどうだって良かったんだろうか。
 他人の持ち物が持ち主に返ってきた事が、僕に何の意味があるんだろう。
 僕にとっては、初めて人を倒す経験をした、この方が重要だった。
 スリリングだった。
 ワクワクした。
 貴重な体験だった。
 そして、『自分が生きている』ことを思い起こしてくれた。
 僕は何をしたかったのか?
 一つ分かってきた。
 やらなければ、やられる。
 自分の手を汚さないと、汚れた物が自分にくる。

 それができる場所に、僕は今立っている。
 何処に行っても、僕がいる場所には、絶叫と興奮と血の匂いがする。
 でも、血の色をしている夕日は、とても綺麗だ。


試すことを恐れてはいけない。
未知の世界にのみ、存在するものもある。



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夢の終わり