白の通火

我は明かりを掲げ、後続を導く。
闇の中にも、常に道は存在するのだ。


 デンジャハ王国南部にある、港町デューイ。
 交易都市として栄える町の外れ、エルミデと呼ばれる小高い丘の中には墓地があった。
 夏の太陽がギラギラと照り付ける原蛇の月。
 墓石の周りは、赤、黄色、そして緑の強烈な色彩で埋め尽くされている。
 中にあって、ただ一つ、一輪の花も植えられていない墓標があった。
 墓の主は『風に漂うカルロス』。
 風と共に世界を渡り歩き、各地で記録や伝承を歌い上げては名を挙げた吟遊詩人であった。
 墓標には、花の代わりに、吟遊詩人の使う小型の竪琴が添えられていた。

 そのカルロスの墓に向かう2人がいた。
 一人は墓守の老人ゴーン。
 もう一人は、剣と鎧を身に付けた、痩せ身の傭兵に見えた。
 「ここがカルロス様の眠るお墓にございます」
 回りが花に囲まれている中にあって、カルロスの墓は一目で分かる。
 そして、ゴーンもカルロスの墓へ案内する事が楽しみの一つになっていた。
   「これが…カルロスの墓なのか?」
 「カルロス様は10年ほど前、この地でお亡くなりになりました。旅の方は亡骸が見つからない事も多々あると聞きますが、幸いにしてこの墓標の下にはカルロス様が眠っておられます」
 墓標には確かに『吟遊詩人 風に漂うカルロス』と刻まれている。
 しかし、普通の墓標ならあるはずの花が、ここにはない。
 この墓の周囲は、青々とした芝生、そして踏み固められた土の色だけだ。
 旅の先々で高名を馳せた人物の墓としてはあまりにも殺風景である。
 「なぜ…この墓には花がない?」
 良く聞かれる質問だった。
 毎日のように繰り返される問いなのだから、前もって説明してもおかしくはない。
 しかし、老いた墓守は、ここに眠る人物に敬意を表し、それをしていない。
 「墓の主カルロス様のご意思にございます。訳はお聞きできませんでした」
   花のない墓。
 太陽に誘われた強烈な色が辺りを彩る中、この墓標も対照的に強烈な存在を放ち続けている。
 かがみ込む傭兵。
 石に記されたものを見ては、何度も首を横に振る。
 それでも、彫刻が変わることはない。
 「どうかなされましたか?」  「カルロスが…カルロスが死んだなんて。私には信じられない」
 下向きになった顔をさらに横に振り続ける傭兵…その顔から、いくつかが滴り落ちている。
 「ご主人、カルロスは本当にここで亡くなったのか?本人だと確認できたのか?」
 傭兵は死を疑う。
 ゴーンが大きく深呼吸した後、その時の様子を語り始めた。
 「カルロス様は生前、2度このデューイを訪れていらっしゃいます。その最初の時に、町の者がカルロス様の肖像画を記すことができました。現在でも『竪琴亭』という宿に飾ってございます。2度に渡り、カルロス様は町の中心で、国に伝わる過去の伝承を高らかに歌い上げました。私も一度だけ聞いたことがありますが、それはもう夢の膨らむ、天にも轟きそうな歌声でございました。しかし翌日、カルロス様は一塵の風と共に、見る者もなくこの町を後にされていったと聞きます」
 「そして…カルロスはどこに行ったのかご存じか?」
 「それは存じませんが、カルロス様は各地を旅して、いろいろな方に伝承を歌い、また望む者には占いをしたとも聞きます。その腕は数多の夢占い師にも負けなかったと…」
 占い…か。
 伝承を紡ぐ者が占いをするとは珍しい。
 「失礼ながら、貴方様はカルロス様とご関係がありましたでしょうか?」
 ある。
 傭兵には忘れられない思い出だ。
 「私は一度だけ、吟遊詩人に話を聞いてもらったことがある」
 長い髪をした、左手に竪琴を携えた…そう、今墓石にあるものと同じもの。

 あれは、私がまだ幼い頃だった。
 人の子と違う耳。
 人の子より遥かに細い腕。
 右手にある、赤い爪、黒い爪、尖った爪。
 明らかに他と違う容姿がため、私は周囲から蔑まれ、いじめられた。
 それでも、両親は私を庇い、大事にしてくれていた。
 だが、ある日私の両親は突如私の目の前で連れ去られた。
 父は妖精族の末裔、母は普通の人間だった。
 ゆえに両親は、妖精族と人間の不通を疑われ、役人に連れられていってしまった。
 私が証拠だった。
 両親を連れて行く役人に必死にしがみつく私を、背中から引きはがしたものがいた。
 長い髪と、左手に竪琴を持った男。
 私の視界から徐々に消えていく両親を、その男もじっと見ていたはず。
 泣きじゃくる私を、その男はずっと抱き締めていた。
 やがて涙も涸れ、眠ってしまった後でも、その男はずっと側にいてくれた。
 私が何を話しても、嫌がらずにじっと聞いていてくれた。
 溜まったいたものが、全てなくなった。
 そして、今度は吟遊詩人の方が、ぽろぽろと涙を流していたような気がした。
 翌朝、ずっと私を抱いていてくれたその吟遊詩人は、私にこう告げた。
 「あそこにある、大きな木の下に行きなさい…そうすれば、迎えがくる」
 私はありがとうと一礼し、彼が示した木の下に向かった。
   途中、一塵の風が吹いた。
 私が振り返ると、もう吟遊詩人の姿はなかった。
 木の下には、既に母の妹が私を待っていた。

 「そうでございましたか。カルロス様にお命を助けて頂いたのですな」
 墓守りゴーンが、夏の日差しに照らされて熱くなった墓標を、手桶の水で優しく冷ましていく。
 「カルロスは…私の先を既に占っていたのだろうか?」
 占っていた?
 違う。
 知っていた?
 分かっていた?
 「いや…予知していたということか?」
 「それは分かりません。ですが、カルロス様の占いはことのほか当たると評判でした。ですから、各地の領主の館にも招かれ、歌と共に占いも披露していたとのことにございます」
 もし、その占いが本当に『予知』だとしたら…
 「墓守り殿、カルロスの占いは不吉なことも当ててしまったのか?」
 「そのようでございます。カルロス様の墓地には年中来客がありまして、私も暇のない日々が続いております。その中には、カルロス様の占いで財産を失ったり、故国を追われることになった方もいらっしゃいます。しかし、既に芦原の国に旅立たれたことを知るや否や、行き場のないお心のうちはいかばかりと」
 「本来、占いの類いは幸運を導き、不運を避けるものだと思っていたが、不運を当てる占いというものもあるのか?」
 「私には分かりかねます…恐らく、カルロス様がご存命であっても、お言葉にはして頂けますまい…」
 墓の前で、傭兵は幼い頃の思い出を何度も何度も繰り返した。
 その度に、瞼の奥から一筋の水が頬を伝う。
 夏の光が、傭兵を陽炎で包んでいた。

 翌朝。
 傭兵は再びカルロスの墓に向かった。
 昨夜は『竪琴亭』で一夜を明かし、故人の残した歌に僅かながら感傷を癒すことができた。
 今日は、自分の中のカルロスを整理するため、意を決して墓に向かう。
 墓地の門をくぐるが、入り口の小屋には墓守りの姿がない。
 どうも今日は先客がいるようだ。
 花のない墓へのなだらかな道を上ると、次第に先客の姿が現れた。
 男と女だった。
 墓参りには場違いな…戦装束の2人が、カルロスの墓の前で対峙していた。
 男は、携えている武具に所々、儀礼用の装飾らしき銀の縁取りが見られる。
 どうやら国を追われた貴族の出のようだ。
 一方、女の方と言えば、剣の鞘を初め、いろいろな部分が黒くあしらわれている。
 『女』であることを抑えるかのような、威風堂々とした風采ではあったが、遠くで見ていた傭兵には、何か引っ掛かるところがあった。
 (あれは…)
 二人は互いにしばらく睨み合っていたが、やがて墓標の方に向き直る。
   傭兵は墓守りを見つけると、その場を離れるように合図を送った。
 墓守りが傭兵のところにまで離れるまもなく、墓前の弔問が始まった。
 先に口を開いたのは男の方だった。
 「カルロス…見つけたぞ。貴様の予言どおり、我が領土は滅亡し、両親は殺された。貴様の予言さえなければ、国は栄え、俺がこう落ちぶれることはなかった。全て、貴様が原因だ!」
 男が腰の片手半剣を抜いた。
 夏の日差しに白銀がきらめく、見事な逸品の刃である。
 「カルロス!今すぐそこを出ろ!俺の復讐の刃をくれてやる」
 男の高ぶりを止めるが如く、女が口を開く。
 「無駄ね」
 「何?」
 「あなたの前にカルロスが来ても、来なくても、あなたの国は滅んでいたわ」
 「どういうことだ?」
 「カルロスの占いは百発百中。全て彼の予言どおりに物事が進む。それは口にしてもしなくても同じ。なぜなら」
 (カルロスには未来が見えるから)
 どうしたことだろう。
 傭兵と女戦士の言葉がつながった。
 『未来が見える』。
 (カルロスは私の未来を察知していたから、あの時両親から私を引き離した?)
 国を追われた貴族の男は収まらない。
 「馬鹿を言うな。カルロスは我が国が滅ぶのを知っていたというのか?戯言をいうな」
 「そうよ。全て知っていたわ。自分が風に吹かれてどこに行くのか、そこで何が待っているのか、自分が何を予言して、相手はどんな反応をするか、そして、恋をすることになる女よりも早く…ここで一生を終えることも」
 女戦士の偉丈夫な声が、少しかすれ気味になっていたのが聞き取れた。
 一方、貴族の男は、『女』という弱点を見つけたことで、さらに強気になった。
 「その女というのはお前か」
 「そうよ。カルロスは私が戦人になることも知っていた。黒魔に蹂躙された村から逃げ出し、戦うために訓練を受けることも分かっていた」
 「カルロスも焼きが回ることがあるようだな。こんな女に情を奪われるなどと…」
 「こんな女で悪かったわね」
 二人の会話の中から、傭兵の疑問は少しずつ解けつつあった。
 (カルロスは全てを知っていた?だから、『どうすればどうなるか』も全部分かっていた?だとしたら、昨日私がここに来ることも全て分かっていた?だとしたら…なぜ先にそれを言わなかった?)
 もう一つ、傭兵の中の疑問が解けつつあった。
 男と比べて、肉体に劣る女を戦士として訓練するようなところがあるのか?
 あった。
 それも、戦の恐れを知らぬあの教団。
 一度血を見れば手が付けられなくなるという、凶暴極まりない『獅子王教団』の女戦士。
 「止めなければ」
 止められなかった。
 墓標に刃を向けたままの貴族の言葉が早かった。
 「それともお前は女にうつつを奪われた臆病者か!起きろ!」
 『臆病者』その言葉が、女戦士の獅子の刃を目覚めさせてしまった。
 「臆病…その言葉を口にするな!」
 女戦士が黒い刀身の長剣を抜いた。
 その形相は既に女にあらず、戦に飢えた獅子そのもの、その獅子の形相から響き渡る、獅子の雄たけびのごとき轟く声。
 気迫をもって最初の一撃を放った獅子の戦姫だったが、標的の貴族は気迫に押されながらも、戦の本能によってとっさに盾で剣を受ける。
 がきぃ。
 攻める黒鉄と防ぐ白銀の叫びが辺りを支配する。
 なおも攻め続ける戦姫。
 剣の先が髪、服、そして顔の皮を裂いて宙に踊っていく。
 がんっ。
 がんっ。
 女とは思えぬ戦こなしと腕っ節、そして獅子の気迫に、貴族風の男が押されていく。
 傭兵も急ぎ剣を抜き、墓標まで駆け上がってきた。
 「頭だ!気絶を狙え」
 「気絶か!心得た」
 傭兵稼業の身ゆえ、狂乱した相手となら何度と戦ったことがあった。
 一度暴走した者は、肉体の痛みを感じなくなるという。
 止めるには、強い衝撃を与えて気絶させる他ない。
 傭兵に言われたとおり、貴族風の男が上向きに腕を振り始めた。
 すぐに、狂乱の戦姫が自分めがけて突進しかしてこないことに気付き、男が戦姫の頭が狙えるように体をさばき始める。
 絶叫と共に剣を繰り出す戦姫に、男はタイミングを合わせて盾で弾き返し、その勢いで、盾の縁を相手の兜に叩き付ける。
 一瞬フラッと倒れそうになった戦姫だが、これまた天性とも言える勘で、隙があった男の左脇腹に渾身の一撃をヒットさせた。
 鈍い呻きがする。
 その間に、傭兵の右腕は上がり、手のひらは天を向き、雲とも霧とも言えぬものが集まりだしていた。
 「これで…止まるか!?」
 天にかざした右腕が戦姫を向く。
 と同時に、右腕の薬指、鋭く尖った爪の先から、雷撃が放たれた。
 後を追うように、右腕の至る所から紅い血筋がほとばしっていく。
 びぃぃぃぃん。
 雷撃は見事に獅子の戦姫の頭を貫いた。
 鐘を叩いたような音と共に、戦姫が気を失って、黒い土に大きく沈んでいく。
 「この乱れ女が!」
 貴族風の男が短剣を抜き、左手で髪をつかみ上げたまま首筋を裂いた。
 やがて、大量の鮮血と共に、今度は確実に動かなくなった。
 その顔は、獅子のそれではなく、満足げのように安らかなものだった。

 ほどなく、事態を聞き付けた衛兵2人、そして町に居合わせた翼人座の魔道師が駆け付けてきた。
 「これは一体どういうことか、説明してもらおう」
 衛兵の問いには、まず貴族風の男が答えた。
 「この墓に参詣していたら、突然気の狂った女が斬りかかってきたから防戦した…それだけのことだ」
 衛兵は変わらぬままの塊を見た。
 首から吹き出たものが黒く変わり、辺りを染みで広げている。
 「だとしたら、なぜ殺したのだ?」
 ついで、傭兵が答えた。
 「この女は獅子王教団の者だ。仕留めなければ、被害は増えていただろう」
 「し…」
 衛兵たちはその場で怖じ気付いた。
 獅子王教団の怖さはこの南方でも知られていたのだろう。
 翼人座がその兆候を確認した。
 「獅子王教団を示す装飾がある。それから、この墓だ。教団の女性は花を嫌うという。戦う気が殺がれるというからだ」
 カルロスは、自分が愛した女性がどうなるかも知っていたというのか?
 そして、わざわざ愛する女性のために、墓に花を置かない遺言を?
 衛兵に告げると、彼らは後は任せると言わん許りにそそくさと墓地を後にしていった。
 「どうやら、墓荒らしとは関係なさそうだ」
 そっと目を伏せてやる。
 「墓荒らし?」
 「カルロスには予知の能力があったことが分かっている。それを狙った者が後を絶たないから、戦車殿が封印しているのだ」
 全て分かった。
 カルロスには先を見通す、予知の力があった。
 先が見える、見えてしまうこと故の悲しさ。
 全ての結果が分かってしまうことの、得も言われぬ孤立。
 未来を告げると、喜ぶ者も悲しむものもいる。
 それすらも分かってしまう…
 『それ』から逃げるため、カルロスは対局の『過去』を選んだ。
 過去ならば、物語の選択ができ、皆を悲しませることもない。
 過去を語り、叙事詩を歌うことで、行き先方々を喜ばせていったのだ。
 「カルロスは…自分を知っていたから…」
 「こいつが国を滅ぼす予言をしたのは事実だ」
 「結局、我々がカルロスという一つの共通点を持っていたにすぎない」
 「それにしても…カルロス様はいろいろなところで、いろいろな方に必要とされていたのでしょうな…」

* * *

 翌日。
 戦車座の魔道師が、カルロスの墓にしかけられていた封印の強化に訪れた。
 傭兵、国を追われた貴族、墓守り、そして翼人座の魔道師の立ち会いのもと、静かに儀式が行われた。
 戦車座の象徴である太陽光が、引き直された魔方陣の形を赤々と照らしていた。
 傭兵たちが墓を後にするとき、墓守りが一輪の花をカルロスの墓に捧げた。
 墓にかかっている竪琴の弦の間に、黄色の花が夏の恵みで輝いていた。

我は明かりを掲げ、後続を導く。
闇の中にも、常に道は存在するのだ。



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夢の終わり