青の指輪

正しき知識。
我は、これにこそ命を捧げよう。


「正しき知識、とは、一体何なのですか?」

グラム山にある魔道師学院。
その知識の中核を占める大書庫・黒剣の門。
その門を出た直後、少女はそう告げた。
師匠から頼まれた本を借りうけ、門の番人にそう告げた。

「正しき知識、とは、一体何なのですか?」
「…難しい問いだな」

 門の番人…いや、人に非ず。黄金のごときたてがみを携えた「封印の獅子」。
気持ちよき眠りを妨げる質問に、眠そうな片目を上げ、耳をピクピクと動かしている。
「この書庫にあるものは、この学院の知識の源のはず?」
「…その通りだ」
「ならば、ここの全ての所蔵を吸収すれば、正しき知識が見つかるのですね?」
「…違うな」
強い口調で問い掛ける少女をたしなめるかのように、獅子は穏やかに答えた。
「ここにある所蔵こそが学院の知識の源。それはお前の言う通りだ」
「では、なぜ否定されるのです?」
「所蔵の全てが、知識の全てではないからだ。そして、全ての所蔵が正しいという証明はない」
いとも簡単に言ってのける封印の獅子。だが、一心に知識を求めてきたと見える少女には意外に写っていた。
「全てが正しいと言う証明がないのなら、なぜこのような大書庫を持っているの?」
「必要だからだ」
「正しいとも分からないものを沢山抱えているのに?わざわざ危険な書物を保管してあるというのですか?」
「そうだ。だから私がここにいる」
だから私がここにいる、と聞き、少女はゾッとした。ここにいることの意味をハッと思い出したようだ。紅潮しかかっていた顔が少しずつ血の気を失っていく。膝が崩れ、その場にへたりこんでしまった少女。
 封印の獅子は、名前のとおり、魔族の封印を守る為の守護獣である。幾重にも魔力が漂う学院内で、なおさら魔族の影響が強いところに配されている。普段は番人として、学院内で寝そべっているばかりなのだが、有事の際には計り知れない力を発揮するという。
 少女が胸一杯に抱えている茶色の書物が、ずりおちそうになる。服が引っ張られる。だぶだぶの服から、白く小さな両手があらわになっていく。今まで自分がいたところに、自分が耐えられないほどの強烈な力が秘められていたとは。
「心配するな。その本に魔力はない」
 めったに表情を変えない封印の獅子が、子供をあやすかのようにほほ笑んだ(ように見えた)。
「さあ、出るぞ。ついてこい。気をしっかり保つのだ」
だぶだぶの服と落ちそうな本をそのままに、少女はゆっくりと立上がり、封印の獅子の後に付いていく。顔は再びキリッとした表情に戻りつつあった。
(…なかなかの度量だ。いつものように、小便を漏らして逃げてしまうと思っておったが)
どうやら、封印の獅子にとっては、これは軽い試練のつもりだったらしい。
少女が入り口の門を出る直前に、獅子は先程問われたことの返答を告げた。
「どの知識が正しいか、ということはない。また、どの知識が正しくないか、ということもない。書物から得るのもいい。人から聞くのもいい。だが、最終的に何の知識が正しいかを決めるのは自分なのだ」
精神的には少しめいっていたのだろう。少女のか細い声が震える。
「…私にとっての正しき知識は…」
答えを聞くまでもなく、封印の獅子は後ろを向き、戦車の門に戻ろうとする。
「『空書きのサリフィ』殿に伝えよ。お前は合格だ。知識がほしくば、また来るがよい」
師匠の名前を知っていた。つまりは、これも師匠の試験だったのだ。
自分の意思と判断で、どれが自分にとって、世界にとって正しい知識となり得るかの、最初の関門。

この少女は、後に『智と知の坩堝』として、大書庫の管理に一生を捧げることとなる。

正しき知識。
我は、これにこそ命を捧げよう。



戻る
夢の終わり